スポンサーサイト

--------

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

不忍ブックストリートの50冊~その2

2005-10-24

※「不忍ブックストリートの50冊」で私が選んだ本の紹介です。経緯はこちら。
※その1はこちら

その経緯でも書いたように、『小説 中華そば「江ぐち」』が絶版になったようなので、こちらにレビューを書いてみようかと。※絶版の成り行きはコチラ

小説 中華そば「江ぐち」三鷹の江ぐちといえば、ラーメン好きでは知らないものはいないほど、古くからの名店として名を馳せています。しかしラーメンの料理性が問われる時代に突入し、雰囲気やネームバリューだけではない評価がなされるようになる中、江ぐちはメディアから急速にその影を失っていきました。
味的な面での養護をする向きもありましたが、ビルのB1に移転してからの評判は良いものばかりではなく、そういった風潮の中で食べ歩きを始めた自分にとっては、信頼できる情報の中に江ぐちの文字はなく、失礼ながら終わったラーメン店という印象しかなく、三鷹といえば三陽にいってみたいと、はなから宿題候補にも上げてませんでした。

三鷹駅に降り立つことはなく、10年近い歳月が経ちました。ラーメンの世界は味の追求(ともなう高額化)と大衆性という二極化が鮮明になり、自分はといえば味の追求もさることながら、前回掲載したように、大衆食として埋もれる現在進行形としての昭和的なるものの影を求めて、食べる範囲を広げはじめていました。
そんな中で本書に出会い、味とは別の部分でラーメン店に求めているナニかが、江ぐちにもあることを知りました。
狭い店内で背を丸めながら、一人黙々と丼に顔を突っ込んでいる、あの懐かしい人々。自分で懐かしいといいながらも、それが現在も進行しているという現実。そう、それが現在である所以のひとつに、味という要素は結構重要になっていたりします。
これまで述べたことと矛盾するようですが、食材とか、食の追及としての味の進化とは別の、多くの老舗が雰囲気や流行の味だけでないところで暖簾を守ってきたような、店の空気とともに作り上げられた、癖になる他に変えられない味があるはずです。自分がいとおしいと思う店は、今どきの味でなくとも、他人がなんと言おうとも、自分が直感的に旨い!と思える独特の味わいがあります。本著を読めば読むほど、メディアで言うような美味しさとは別種の、愛好者にしかわからないような魔性の味わいがある、その臭いを行間から嗅ぐことができました。
それが自分にフィットするものかわかりません。仮に好みでなかったとしても、それじゃなきゃならない人がいる、それを作り上げ、また守り続けている人を賞賛したい。

孤独のグルメなかなかグルメ本では表現できない味の世界だと思ったので取り上げさせてもらいましたが、実は本著を読む前に「不忍ブックストリートの50冊」の話を頂いており、その段階では『孤独のグルメ』を紹介させてもらう予定でした。こちらも同様の味の世界を表現しています。奇しくも、『孤独のグルメ』の原作者は、『小説 中華そば「江ぐち」』の著者と同一人物です。
差し替えた理由は幾つかありまして、『孤独のグルメ』の方が広く読まれている気がしたというのもあるのですが、『小説 中華そば「江ぐち」』の最後の一言、本著が文庫になる前、単行本発売から17年後に書かれた最終章に出てくるタクヤのセリフに全てが凝縮されている気がしたからです。
あの頃の犬の背中に突き刺さる、涙を禁じえない一言です。
スポンサーサイト

テーマ : オススメの本
ジャンル : 本・雑誌

プロフィール

結構人

  • 結構人ミルクホール店主
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。